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先輩になる人、必見?「後輩を『育てる?』話」

2016年3月


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みなさんこんにちは。

ついに社会人2年目を迎えようとしています。

 

こんな私もついに新卒社員から先輩社員にランクアップいたします。

そう、新卒生が、新しい金の卵がグッドライフOSに入ってくるのです!!

そこで今回は、教育のお話をしたいと思います。

 

もしかしたら、この記事を読んでいる社会人さんや学生さんのところにも、新入生や新卒生が入ってくるかもしれませんね。

そこでみなさん、「後輩を育てるぞ」って思っていますか?

きっと多くの方が「育てるよー」、と思っているかと思います。

そこで、今回は私の大学生の時の、サークルで後輩を育てようとした話をしようと思います。

 
 

後輩を教育した記憶が無かった…

 
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茶道サークルの写真。自分の写真が無かったので、同期の背中の写真を拝借。

 

茶道サークルに所属していた私も、2年生になって新しい後輩ができた時には「後輩? うん、教育するよ。まぁ、後輩の教育は普通というか、義務だよね」みたいなことを考えていました。

そして後輩ちゃんが入ってきて、一から茶道を教えます。

ここで一つ問題が出てきました。

できる後輩はメキメキと力をつけ、成長します。

時には私の知らない知識を持っていたり、私が忘れたことをフォローしてくれたり……。

そうしている内に、後輩の中でも実力差が出たりします。実力のある子は頭角をあらわし、「次期部長はこの子だろうね」なんて話題に上がったりします。できる子は指導が楽だし、ツーと言えばカーと返してくれる。

松下先輩もついつい目を掛けたくなります。

しかし、そこで私はふと思うのです。

 

「あれ? 私って後輩を教育したのか?」

 

恐ろしい事に、私には後輩を教育した記憶が無かったのです。

私が行った事は、基礎を教えたくらい。そこから先は後輩を放置していたのです。

私の指導で後輩ちゃんは伸びたのではなく、「高いポテンシャルを持つ後輩ちゃんが、己の努力で成長した」のであって、私自体は何もしていない、という事実に気づいてしまったわけですね。

 

怖いですね。しかし、さらに恐怖は続きます。

 
 

自分にとって都合の良い後輩を求めてはいないか?

 
先ほどから、デキる後輩のことを語っていましたが、ではデキない後輩(こんな表現は失礼ですが)はどうしていたのでしょう?

ハッキリ言いましょう、逃げていたと。

デキる子は、説明をしなくても独学で勉強したり、一発で覚えて理解してくれます。

でも、そうはいかない子だっています。

そんな子から、

「この道具の片づけ方は、これで合っていますか?」

「お茶の粉の山の高さって何割でしたっけ?」

「足さばき教えてください」

これまで、何となくの感覚で理解した気になっていた部分をつっこまれました。

 

例えが茶道のために、非常に分かりにくいですね。

「これはペンです」という日本語、「これ『に』ペンです」では、どうしていけないの? と言われるような感覚です。

これは応えに詰まります。説明ができません。自分の実力不足ゆえに、指導ができないのです。こいつは先輩としても、茶道を行っている人間としても非常にかっこ悪い。

 

一方で、デキる子は一発で覚えて理解してくれる。言葉にしなくても、見ただけで真似ができる。おまけに結果も残してくれる。

馬鹿が教えるにあたり、デキる子に教えるほど都合が良い事はありません。そりゃあデキる子には目を掛けるわけです。

挙句、「みんな、デキる後輩ちゃんみたいだったなー」とか思ったりすることもあります。

 

自分の都合のために、自分にとって都合の良い後輩を求めている……。

もはや、教育でもなんでもなく怠慢です。

私は後輩に背中を見せていたのではなく、背中を向けて逃げ出していたのです。

今でも、「後輩ちゃんは立派に『育ってくれた』」なんて、口が裂けても言えません。

むしろ「あの頃は本当にありがとう御座います」と平伏したい気分。

 
 

『育てる』ってなんだろう?

 
はい。

と、いうことでもう一度、

みなさん、後輩を『育てるぞ』って思っていますか?

「よく分からんが、背中を見せてりゃ勝手についてくるだろ」という人、

『育てる』の意味は、世話を焼いて導くことです。自分が歩みよって、はじめて『育てる』という意味になります。

「できない奴は置いてくよ。ほっといても成長する奴にしか興味はない」という人、

それは、人を『育てる』のではなく、人を『選別』しているだけです。

もちろん、一見放置しているようで後輩ちゃんをしっかりチェックしてるよ! という教育パターンもあります。

でもそれは、『育てる』ことを意識しているからこそ成立するのであって、何も考えずに放置するのと別なんですよね。

『育てる』と言うよりは『育つ環境を創る』ことが後輩が『育つ』ことに繋がるのだと思います。

教育について、しっかり考えているのか。

大事なのはそういうことなのだと思います。

 

とまぁ、大口をたたいてしまいました。

これを読んでいる人が、改めて『育てる』ってなんだろう『育つ環境』ってなんだろうと考えてくれたら嬉しいですね。

私も、今でも戦闘能力5のゴミですが、「育つ環境だけは創ってあげたい」という心意気だけは忘れずにいたいですね。

そんなことを考えながら、新卒生がくることに怯えてブログを書いています。

なんだかお腹が痛くなってきました。
 






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